幼少期は、所持金が10円でも幸せだった
皆さん、こんにちは。
小さい頃は、10円でも幸せになれましたよね。駄菓子屋さんに行くと握りしめた10円で何を買おうか、ワクワクしながら品定めしていたのを憶えています。
今回は、「幸せになるためのコストが上がっていませんか?」というネタです。少しのお金で幸せになれた幼少期。それと比べて、大人になった今は、さすがに10円では幸せにはなれません。いや、1万円でも幸せを買えないかもですね。
皆さんの中には、もしかすると100万円でも幸せを買えない人がいるかもしれません。残念ながら、自分が幸せになるのに必要なお金は、年齢とともに上昇するようです。
幸せにかかるコストは、年齢と所得に比例して上昇する
年齢だけではありません。所得が過度に増えると、自分を幸せにするのに使うコストも上昇します。500円の牛丼で幸せになれた人が、1万円のキャビアじゃないと幸せになれなくなるなどです。俗に言う贅沢病です。
ヒカキンはもはや100万円でも、自分を幸せにできないのでは!?
ヒカキンには、申し訳ありませんが、ヒカキンを例にします。
ヒカキンは、六本木の自宅に、ダウンタウンをテレビロケで招きましたが、そのときに買った赤ワインのロマネコンティは350万円でした。この350万円でヒカキンは、ダウンタウンを幸せにできたのでしょうか?
350万円のコストをかけなければ、客人を饗すことができないのは変ですよね。きっと1万円でも、心を込めれば饗すことができたと思います。ましてや、1万円もいらないかもしれないです。ボイスパーカッションを生披露するとかであれば、ゼロ円ですよね。
幸せコストが上がると波動が下がり、守銭奴となる
ヒカキンのように、幸せにかかるコストが異常に高くなってくると、波動が下がります。不幸の前触れですね。お金で買えないものの大切さが分からなくなってきます。
山のきれいな空気はゼロ円。本来、幸せにお金はかからない
思い出してください。美しい桜を眺めるのにお金はかかりますか?タンポポを愛でるのにお金はかかりますか?山でキレイな空気を吸うのに、大金が必要ですか?
幸せにかかるコストが上がりすぎていないか、今一度、チェックしましょう。それは、無料で無限に手に入る”お金で買えない価値”に目を向けない心を作り出すきっかけになるためです。
お金はなくては生きていけませんが、少ないお金でも幸せになれる”心”を失うほどに、お金を求めてはいけません。
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