お墓にペットと一緒に入るのはだめ?【スピリチュアルな見解】

こんにちは、ミエナです。

今回は、「お墓にペットと一緒に入るのはだめ?」というテーマで書いていきます。

お墓にペットと一緒に入るのはだめ?

「生前に愛した愛犬や愛猫と一緒のお墓に入りたい」と思われる方は非常に多いようです。近年、核家族化が進み、ペットを家族の一員と考える兆候から、老後の孤独も相まって、「ポチと一緒に永眠したい」と考えるのかも知れません。

実際、法律の上では、ペットが共葬できるお墓(寺院や霊園)であれば、一緒に入ることは可能です。しかしながら、仏教では、人間以外の動物は「畜生」と呼ばれ、人間よりも卑しく、下等な存在として扱われます。

そのため、動物であるペットと一緒のお墓に入ることを好ましく思わない人も多いようです。

では、何が真実なのでしょうか?

この記事では、以下の人たちをターゲットに記事を書いていきます。

  • 自分の死後、ペットの遺骨と一緒に埋葬して欲しい人
  • 故人が生前に、ペットと同じお墓に入ることを望んでおり、本当に一緒に納骨して良いか悩んでいる人

本当に大切なのは、ペットと故人の魂が、「どうすれば本当に安らかに眠れるか」です。この観点に立って、スピリチュアルに私の見解をお伝えします。

あなたは、本当にペットが好き?

まず、ペットと一緒のお墓に入りたい人にお窺いしたいです。

Q.本当に、ペットが好きですか?

Aさん
当たり前じゃん。何を言っているの…?

この質問をしたときに、私は多くの人から怒られそう…。でも、この質問こそ、「ペットと一緒のお墓に入る」ことの一つの大きな判断基準なのです。

では次に、上記の質問に「イエス」とお答えした人に質問です。

Q.自分のペットが車に轢かれそうになったとき、自分の命を引き換えに、そのペットを救えますか?

自分の子どもであれば、身代わりに助けられる人でも、ペットとなると、多くの人は、「イエス」と言えないのではないでしょうか?

ミエナ
私も、大好きなダルメシアン(ルーシー)を飼っていましたが、ルーシーの命を身体を張って守れるかどうか…疑問があります。

この質問は、ペットに対する愛を試しているのではなく、多くの人にとって「ペットは家族ではなく、人生をより良くするためのツール」と捉えているからだと思います。

※「家族の一員であるペット」を「ツール」と捉えることに対し、申し訳ない気持ちもありますが、内容を正確に把握いただくためご容赦ください。

「ペットが人生をより良くするためのツール」であるならば…

自分の死後、確実に、その「ツール」は不要になります。なぜなら、死後に肉体がないために「ツール」では、自分の心を潤せないからです。

つまり…

私たちは、今、生きているからこそ、ペットが必要であり大切なのです。自分が死んだ途端に、ペットは不要になります。

それは、故人の魂においても同様なのです。

死後、不要になったペットと、一緒に眠ることに何の価値があるのでしょうか!?

「ペットと一緒にお墓に入れば、死後の自分は安らかに眠れる」と考えるのは、死後に肉体を持たないことを前提にしておらず、リアルからかけ離れています。

例外を除いて、多くの故人の魂は、ペットと一緒にお墓に入っても、プラスアルファの要素によって、さらに安らかに眠れるということはありません。

ミエナ
「車に轢かれそうなペットを自分の命を引き換えに助けられる」という人(もしくは故人)は、一緒のお墓に入ることで、より安らかに眠れると思います。

ペットの魂は神界へ。故人の魂は、霊界へ。

人と動物は、死後に行く場所が異なります。

人間は、成仏していれば「霊界」に行き、成仏していなければ「幽界」に行きます。動物は、いきなり「神界」に行きます。(←ミエナの霊視で見えた独自見解)

ミエナ
恨みを持った動物は例外で、死後、神界には行きません。しかしながら、多くのペットたちは、幸せな生涯を送っているため、死後、そのまま「神界」に行きます。

紀元前3000年ごろのエジプト文明で、動物が神格化されるのは、動物が死後、「神界」に行くからだと、私は考えます。当時の王族は、自分たちも、死後に神になると考え、自分たちと動物を一緒に埋葬したのでしょう。しかしながら、人間は、死後、神にはならないのです…

そう考えると、同じお墓に入る故人とペットは、同じ場所に眠りながらも、同じ目的意識を持っていません。

これにより困るのは、お墓参りに来た参拝者なのです。

ペットに対しての祈り方

ペットは、「神界」に行きますので、参拝者は「これからも、家族を空から見守ってね」と祈るのが正しいです。ペットの魂に対し、「安らかに眠ってね」というのは、おかしいのです。だって、「神界」に行っているので…もう、すでに安らかなのです。

故人に対しての祈り方

故人の魂に対しては、「安らかに眠ってね」というのが正解です。ただ、「これからも、家族を空から見守ってね」と祈るのは、ちょっと違います。

故人の魂が、空からご遺族を見守る立場になるには、天界で修行を積み、守護霊に昇格する必要があるのです。実際の故人の魂は、空から見守りたくとも、ご遺族には、(深く)干渉できません。

祈り方が異なることで、参拝者の愛が故人の魂に伝わりにくい

「故人」と「ペット」の魂への祈り方が異なることで、参拝者は、自らが持つ愛を、「故人」にも「ペット」にも伝えにくくなります。

なぜなら、「亡くなったペットに対しての祈り」、そして、「故人に対しての祈り」を心の中で、明確に分ける必要が出てくるからです。

お墓が、ペットと故人とで別々ならば、意識して、それぞれ適切に祈ることが出来ますが、一緒のお墓に入ることで、意識の使い分けが難しくなるのです。

参拝者にとって、祈ることが難解になればなるほど、ご遺族の愛が、天にいる故人の魂に伝わりにくくなります。

そうすると、いくら故人が生前に、ペットと一緒に埋葬して欲しいと言っても、本末転倒になります。故人の魂は、「誰と眠るか」よりも、「誰に、死後、愛を送ってもらえるか」の方がよっぽど重要だからです。

人間と動物は一緒ではない

「人間も動物も一緒です。みんな尊い命です」という人は、仏様のような人です。

自分の母親も、そこらにいるネズミも同等に考えられるほどに、超越した宇宙観を持っています。

実際、そんな人はいません。

誰しも自分の母親の方が、重要であり、大切であり、尊いと思っています。

こんな極端な例を用いたのは、ペットがいくら家族の一員であろうとも、遺族にとっては、「ペットより故人の方が尊い」という事実に再度、気付いて欲しかったからです。

この事実により、同じお墓に故人とペットが一緒に入ることのリスクが見えてきます。それは…

同じお墓に故人とペットが一緒に入ると、参拝者の故人への愛は、時とともに低下しやすくなる

と言うことです。

ペットと同じお墓でなくとも、故人への愛は、時間とともに和らぐものかも知れません。しかしながら、ペットと同じお墓である場合、それが加速を伴って進行しやすいのです。

それは、ご遺族が「そもそもペットと故人が同等である」と認知できないためです。これにより、故人がペットと同じお墓に入ることは、簡単にはオススメできません。

最後に

この記事は、かなり一般常識と異なった解釈をした上で書いています。しかしながら、多くの人に当てはまる記事だと思っています。

一方で、この記事に書いたことだけが真実ではありません。それは、人と動物が魂レベルで、より強く繋がったケースが存在するからです。

動物と人間が種を超えて、心通じ合ったなら、この記事は不要です。そして、「お墓にペットと一緒に入りたい人」が、ここまで動物を愛していたなら、私にとっても、そんな嬉しいことはありません。

ミエナ
ミエナ
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