“なんとなく”幸せでない人へ【スピリチュアルな解決策】

こんにちは、ミエナです。

今回は、「”なんとなく”幸せでない人」に向けて記事を書いていきます。

ポイントは「なんとなく」というワードです。

「なんとなく」とは何か?

さて、そもそも「なんとなく」とは、どのような意味でしょうか?

特に目的や動機などはなく、それといった理由もなくのこと。

Weblio辞書

「なんとなく」という言葉には、どこかフワフワした緩いイメージがありますよね。まるで、人生になんら影響を与えないような感じもします。

でも実は、全くの反対です。

「なんとなく」ほど、人生に大きな影響を与えるものはありません。

それは、人生の多くの決断の中で「なんとなく」を無意識に多用しているからです。

例えば、海外旅行の機内の中で「FISH or BEEF?」など訊かれると「なんとなく」で答えますよね。

また、お土産をマカダミアナッツにするか、カシューナッツにするかも、脳みそ全開で考えるようなことではありませんよね。「なんとなく」で決めると思います。

大方、どうでも良いことを決めるのに使う「なんとなく」ですが、日々の決断は、どうでも良いことで溢れているので、結果的に「なんとなく」で決断する頻度は、想像以上に多いのです。

「なんとなく」の行動には人格が出る

人はそれぞれ持っている情報によって、「なんとなく」でする判断が異なります。

サカナくんと孫正義では、「なんとなく」での判断は異なりますよね。

サカナくんは、海の生物について「なんとなく」でモノを言っても当ててしまうし、孫正義は経営の天才ですので、例え「なんとなく」経営しても上手くいくかも知れません。

持っている情報が異なると、「なんとなく」の判断基準も異なります。

しかし、「なんとなく」は、持っている情報量が同じでも、不思議なことに人それぞれ決断が異なることがあります。

例えば、お財布が落ちていて、「なんとなく拾う」「なんとなく見過ごす」「なんとなくお金を抜く」などです。

初めてお財布を拾う人でも、次の行動は人によって変わってきます。

「なんとなく」に、人格が出るのです。

「なんとなく」幸せでない状態は、要注意

人生の中の日々のありきたりの決断は「なんとなく」によって決められ、そして、「なんとなく」によって、人間性が出ます。

そのため「なんとなく」は人生を包括する究極に重要な要素と言えるのです。

「なんとなく」幸せでない状態について

「なんとなく」幸せでない状態は、人間生活全体において、緩やかに右肩下がりの状態と言えます。

不幸とは異なりドン底でもなく、緩やかに下降中の状態です。そのため、そのまま対処せずに過ごしてしまいがちです。

しかしながら、この状態を放置していると、不幸せな状態はどんどん悪化していきます。

まるで、企業の業績が年々、緩やかに下がって、最後には倒産に追い込まれるかのように…

お金持ちと結婚しても一過性の幸せ

「なんとなく」幸せでない人が、右肩下がりの状態を克服するには、「なんとなく」幸せになるのが確実です。

一発大逆転で、そのときばかり幸せになっても、「なんとなく」幸せでない状態は、いずれ元に戻ってしまいます。

例えば、宝くじに当たって大金持ちになったとしても、それは、おそらく一過性の幸せです。ちょっとした贅沢に飽きれば、さらに贅沢を加速させるでしょう。最後には破産に至ります。

また、「なんとなく」結婚して、幸せでない状態を抜けようとしても、右肩下がりの状態を脱出できるとは限りません。「なんとなく」幸せでない人が、一発逆転を狙ってムリに結婚した場合、その後、離婚に至るか、もしくは、幸せ度はそれほど大きく変わらず、「なんとなく」幸せでない日々が継続します。

つまり、人生の重大イベントにおいてでも、「なんとなく」幸せでない状態を変えるのは難しい可能性が少なからずあるのです。

「なんとなく」幸せな状態をつくる

「なんとなく」幸せでない状態を克服する方法は、「なんとなく」幸せな状態を作ることです。「なんとなく」には、「なんとなく」で対抗するのです。

「なんとなく」幸せでない状態に、結婚、懸賞の当選など、明確な理由の幸せがやってきても、打ち消しあわないのです。(そもそもベクトルが違う…)

「なんとなく」幸せでない状態から、「なんとなく」幸せな状態に持っていくには、「なんとなく」の感覚を鍛えるのがオススメです。

「なんとなく」を鍛える方法

いきなり例を挙げますね。

高校生が卒業後の大学を「なんとなく」で決めると大変ですよね。4年間も同じ大学に通いますし、学費の問題やら通学の問題もあります。

つまり、「なんとなく」は、どうでも良いことの判断にしか使えないのです。

でも、それは、本当でしょうか?

実は、違うのです。

大学を「なんとなく」で決めて良いのです。スピリチュアル的に。

それは、前提として「なんとなく」で決める力が磨かれていれば…の話ですが。

「なんとなく」で決める力を磨く

「なんとなく」が、どこか良い加減なイメージがあるのは、「なんとなく」の力を磨かずに使うからです。

つまり、「なんとなく」で決める力を磨けば、最強の人生改変ツールとなります。

「なんとなく」の磨き方

「なんとなく」の力は、「なんとなく」という決断を繰り返すことで磨かれます。つまり、成功と失敗のデータが蓄積されて精度が上がるのです。

しかし、「なんとなく」の力を磨かずに、人生の重要な決断をすれば転落します。重要度が高い決断を「なんとなく」で決めれば、それだけ「なんとなく」の精度は磨かれますが、そんなことしたら、行く先はホームレスです。

趣味の場で「なんとなく」を磨こう

仕事を「なんとなく」で行えば、人生転落します。しかし、趣味であれば「なんとなく」で重要な決断をしても、自己責任の範囲で許されるのです。

趣味で大失敗しても、仕事で大失敗するより、リスクはたかが知れています。

例えば、趣味の絵画教室で「なんとなく」で決めたテーマでコンクールに出品しても、誰にも怒られません。恥をかくだけです。

恥をかくだけですが、人生転落するわけではありません。

仕事でお客さんに「なんとなく」のサービスを提供すればクレームとなり、大ごとですが、絵画教室のコンクールでは、リスクはゼロなのです。

つまり、趣味の範囲で、重要事項を「なんとなく」で決断していくと、「なんとなく」という感覚が研ぎ澄まされ、それによって自分を「なんとなく」幸せな状態に持っていく基礎力が付けられます。

「なんとなく」で絵画教室のコンクールで出品すれば、「なんとなく」で決断したことで自分の評価が上がったのか、下がったのかが分かります。

「なんとなく」で行動した結果データが貯まるのです。人工知能と同じで、データが貯まれば精度が上がります。

逆に、「なんとなく」という決断をどうでもいい決断ばかりに使っていくと、磨かれずに、人生は下り坂となります。

良質な決断を「なんとなく」で行う

趣味を持たない場合、「なんとなく」を使う部分が限られます。朝昼夕の献立、テレビ番組のチャンネルなどは、良質な決断とは異なります。(時に重要かもしれませんが…)

その点、趣味の場合ですと、他者との人間関係の中でもリスクを最小限にして良質な決断を「なんとなく」で対処でき、「なんとなく」を進化させられるのです。

しかも、リスクは低いので、「なんとなく」を思う存分、磨けるのです。

Daisuke
ミエナ
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