こんにちは、ミエナです。
今回は、スピリチュアルが「好きな人」と「苦手な人」というテーマで書いていきます。
スピリチュアルが「好きな人」と「苦手な人」
Q.みなさん、「スピリチュアル」は好きですか?
私のブログを読んでくださる方は、おおかた、スピリチュアルが好きな方だと思います。自分としては、スピリチュアルが「苦手な人」にも、興味を持ってもらいたいのですが、そうは上手く行かない…
さてさて、世の中には、「スピリチュアルが苦手」っていう人は、大勢おりますよね。2007年のちょっと古いアンケートなのですが、産経リビング新聞社による調査で、「スピリチュアルなことに興味があるか」という質問に対し、488人のうち「とても興味がある」人が36.7%、「まあ興味がある」人が47.8%という結果が出ています。
参考記事:OLの約85%はスピリチュアルに興味津々!(産経リビング新聞社)
すごい高い数字ですよね。今から、15年前で、テレビの「オーラの泉」の影響があるので、プラスに大分、傾いていると思いますが、それでも多い印象です。
私は、「スピリチュアルが苦手な人」も好き
先日、自分の好きなタレント、文化人を、客観的に分析してみたのですよ。
▼私の好きな好きなタレント、文化人(一部)
- 養老孟司
- ひろゆき
- 堀江貴文
- 西野亮廣
- 勝間和代
- ちきりん
- スティーブ・ジョブズ
- 水木しげる
- 小林よしのり
- 橋下徹
- 苫米地英人
- 手塚治虫…などなど(敬称略)
※政治的な論者も多いのですが、賛同しているわけでもなく、モノの捉え方を参考にしています。
上記は一部ですが、この中で、スピリチュアルの要素を持つ人は、スティーブ・ジョブズ氏、水木しげる氏、手塚治虫氏くらいで…
養老孟司氏、ひろゆき氏、苫米地英人氏のような方は、幽霊すら信じない人です。
度々、彼らの「霊能者は詐欺」という罵倒を聞きつつも、「うんうん、そう思うよね」と、霊能者であるはずの自分が頷く…なんか変な感じ…
スピリチュアルは「空気」である
スピリチュアルをいくら批判されても、私は何も思いません。
それは、自分にとって、「スピリチュアルは空気」だからです。目の前にある事実で、否定したくても、否定できるものではないのです。
スピリチュアルが嫌いな人は、「スピリチュアルは空気」であることに、到達していない…(到達する理由もないのですが…)
だから、スピリチュアルが一種の思想に感じてしまうのだろう。
「スピリチュアル」を知ることを天界から求められている人
「スピリチュアル」が好きな人は、きっと、「スピリチュアル」を知ることを天界から求められている人だと思う。
そうでなければ、「スピリチュアル」という領域に、時間を割き、身も心も委ねる必要などないのだから。
「スピリチュアルが嫌いな人」は、反対に、「スピリチュアル」を知らなくとも、自分の才能に気付き、邁進できるのでしょう。
スピリチュアルが好きな人も、嫌いな人も、向かう先は同じなのに、「スピリチュアル」を思想と捉えることで、そこにちょっとした隔絶が生まれています。
「スピリチュアルが嫌いな人」は、理屈では証明できない事実に気付いている
科学者が、「スピリチュアルの法則」について、科学的な質問をしてきたら、きっと、私は答えられません。
そこが、「スピリチュアルが嫌いな人」における、スピリチュアルの客観性の無さでしょう。
でも、逆に、「スピリチュアルが存在しない」ことを科学者に証明させようとすると、科学者もボロが出る。これは、ひろゆきさんの「スピリチュアル批判」のコメントを聞いていても、同じことが言えて、 理屈で証明できないことを、実は、「スピリチュアルが嫌いな人」本人が信じているケースも結構ある。
だから、スピリチュアルが「好きな人」と「苦手な人」が、ディベートしたら、最終的には引き分けになるのだろう。
全ては「同じ人間をどの方向から見るか」の違い
人間を生物学的に捉えれば、「人体は、細胞数60兆個からできている」という話になり…
人間を経済学的に捉えれば、「平均生涯年収は約2.5億円です」みたいな話になり…
人間を人類学的に捉えれば、二足歩行できるようになった霊長類の進化形であり…
人間をスピリチュアルで捉えれば、魂と肉体からなり、修行のために地球に生命を宿した存在となる…
この捉え方の違いに、好きも嫌いも苦手もあるの??
でも、人間を多角的に見ることが、実は、面白いから、私は、「スピリチュアルが嫌いな人」が大好きです。
ミエナさん、こんにちは!
私自身、スピリチュアルに強く引き付けられていた時期がありました。
あることがきっかけで見えない世界に深く興味を持ったのですが、こちらがいくら神様や守護霊様のことを思っても、私には何も感じられず一方通行で疲れてしまい…(私も未熟ですね。でも通じ合えるとうれしいのです。)
神様なんて人間が勝手に作り上げた偶像?と次第にスピリチュアルを疑うようになりました。
(見えない世界と交信できるミエナさんには申し訳ないのですが)
そんな時ミエナさんのセッションで、
「一方通行だが伝わっている。それが信じられるかが鍵で、感じられることは重要でない」
という守護霊様のお言葉をお教えいただき、心に温かいものを感じることができました。
大事なことに気付かせてくださり、本当にありがとうございます。
今では、お墓参りの時に急に風が吹いてきたら、「ほら、”遠いところよく来てくれたね!”って言っているよ」と言えるようになりました。
一緒に行った家族には、「そんなこと言ってないよ~(笑)」と笑われますが、私はきっとそうだと信じています。
ミエナさんのおっしゃるとおり、スピリチュアルは空気みたいにそこにある…。
意識しないと気付かないけど、大切なものなんですね(^^)
ななさん
コメントありがとうございます。
> 一方通行だが伝わっている。それが信じられるかが鍵で、感じられることは重要でない
守護霊様の一言が、心に響いてくれて嬉しいです。
このようなことを、今度、記事テーマにしてみます。
次の記事を書くヒントになりました。
ミエナ
ミエナさん、こんばんは。
「スピリチュアルが好きな人は、きっとスピリチュアルを知ることを天界から求められている人だと思う」
成る程と思います。
私の周りでもスピリチュアルに興味ない人、嫌いな人って、本当に一切受け付けてくれなくて(笑)、それに反して自分はこんなにも興味があり信仰に近いものまで感じているのは何故なんだろう、面白いなぁと感じていました。
それは天界から求められているか否かの問題と言えるのですね。
ということになりますと、スピリチュアルを知ること、学ぶことが天界から求められているか、そうではないか、は何故人により変わってくるのか、が気になってきました。
それはそれぞれの才能や使命とも関係してくるのでしょうか。
例えばひろゆきさんなんかは、スピリチュアルを知らずとも社会に一石を投じるような使命?役割?があるんだろうなぁとも素人ながらも思いますし、
その違いはどこにあるんだろう?と疑問が沸きました。
お時間ある際に、ミエナさんや天界の見解をお聞きできれば嬉しいです。
よろしくお願いします。
あーやさん
コメントありがとうございます。
「スピリチュアル」が好きな人は、きっと導かれているのですよね。
きっと、この当たりはいつか記事にしたい。
ミエナ