この先、地獄に落ちる人の特徴【○○をしたら、不幸の前段です】

こんにちは、ミエナです。

今回は、「この先、地獄に落ちる人の特徴」について書いていきます。

「地獄」というのは大げさですが、まあ簡単に言うと、ずっと10年くらい不幸が続きますよというサイン(兆候)について書いていきます。

ちょっと怖いタイトルですよね!?でも、これからご説明するサインが出たときに、このブログ記事を読んだ人はラッキーです。苦しい時代に突入せずに回避できる可能性があるからです。

「何でもよいから、何か善いことがしたい」と他人に話したらアウト

アウトな一例①
ちょっと聞いてよぉ。
何でもよいから、何か善いことがしたいんだよね。最近、ボランティア精神に目覚めちゃって♪
アウトな一例②
俺って最近、社会のために何かしたいのだけど、何があるかな?

上記のように、ボランティア精神を他人に話し始めたら、自分の人生は、向こう10年くらいに渡り、下り坂となります。

反対に、周りにこのように話す人がいたら、その人の未来は、その先、下り坂だと思ってください。そして、その不幸に巻き込まれないように注意してください。

ボランティア精神は素晴らしい。だけど、目的により危険

「ボランティア精神は素晴らしい」だから、「ボランティアしたい人は素晴らしい」と思っていませんか?

正解です。

私、矛盾してますかね?

いいえ。

「ボランティア精神は素晴らしい」のです。でも、他人にそれを言うところが誤っているのです。

つまり、

「何か善いことがしたい」と心の中で思うのは良いのです。危険なのは、それを他人に話してしまう、その精神です。

「ボランティアしたい」と思う状態と、「ボランティアしたい」と話す状態は、スピリチュアル的に真逆なのです。

「ボランティアしたい」と思う人は、幸せになります。

しかし、「ボランティアしたい」と思って、ボランティアする前に他人に話す人は、不幸になります。

ややこしいですが、なぜなのかを解説していきます。

「ボランティアしたい」と話す人は、どうやっても幸せになれない

この世には、お金があって、権力があって、温かい家庭があっても、全く幸せになれない人が存在します。

そういう人は、波動が低すぎる人です。

波動の低い人の幸福度には限度があります。

波動の低い人は、この幸福度の限度を「善」で回避しようとするのです。

つまり、

幸せになれない自分 → 「幸せになりたい → 「善いことをすれば、幸せになる」と言われている → 善いことをする → 向こう10年は不幸になる

残念ながら、このパターンは、不幸になります。

つまり、波動の低い人こそ、「ボランティアがしたい」と他人に話し、「善いことをすれば、幸せになる。」と勘違いし、地獄に落ちるのです。

では、善行をして幸せになる人はいないのでしょうか?そんなわけありません。善行をして幸せに人は、以下のように考えます。

▼幸せになる人の考え方と行動

善いことをしたい → 善いことをする → 幸せになる

「幸せになりたい」から善いことをするのではないのです。「善いことをしたい」から「善いこと」をするのです。

なんで、いちいち、他人に「善いことしたい」と宣言する必要があるのでしょうか?言う暇があれば、目の前のゴミを拾えば良い。

繰り返しとなりますが、同じ善いことをしても、この2人は目的が全く異なるのです。前者は、自分のために「善いこと」をしようとし、後者は人のために「善いこと」をしようとしています。

「善いことをすると幸せになる」という法則は、スピリチュアルの法則です。

しかしながら、この法則を自己満足に使う場合、天界の法則への冒涜とみなされます。つまり、自分のために「他人に善いこと」をしようとする人は、もれなく下り坂に向かうのです。

「ボランティアしたい」と話す人は、波動が低い

偽善でなく、本当に「ボランティアしたい」は他人に話しません。

なぜなら、ボランティアの本質である、自分がボランティアであることを、なるべく相手に気付かさせないことの重要性を知っているからです。(※)

例えば、自分が仮にホームレスだとして、以下の2人のどちらに好意を抱きますか?

Aさん:「私はボランティアです。ホームレスのみなさんに食事を提供してます。どうぞ、食べてください。」

Bさん:「あなたは、お腹減ってませんか。よかったら、これ食べていただけませんか?少し笑顔が出てきましたね。とても嬉しいです。」

AさんとBさんの微妙な違いが分かりますでしょうか?社会的にAさんとBさんのどちらが正しいかは、分かりません。しかし、ことスピリチュアルの側面で考えると、Bさんの方が幸せになります。

なぜなら、

「ボランティア」の人が「ボランティア」と名乗る意味もなく、名乗った場合、その瞬間に「施す側」と「施される側」に2人の間は分かれるからです。

この断絶は、仮にホームレスのお腹を満たしたとしても、ホームレスの人の復帰に多大なる悪影響を及ぼします。「施す側」と「施される側」に分かれるように、レッテルを貼ることで、復帰する際の精神的な壁になるからです。

つまり、本当に困っている人を救いたいならば、「施す側」と「施される側」の分け隔てを作らないはずなのです。

※ボランティアと名乗ることが、防犯上、安全面の事情から、義務であれば仕方がありません。

※ボランティアと名乗ることが、自分のエゴにつながる危険性を熟知した上で語ることは問題ありません。

結論

ボランティア活動は素晴らしいです。でも、Aさんのような人は、自分の波動の低さをボランティアをすることで隠そうとしている可能性が高いと感じます。

▼Aさんの誤ったセルフイメージ

ボランティアをする私 = いい人

▼Aさんの本性

ボランティアをする私 ≠ いい人

ボランティアであることを宣言するAさん = 波動の低さを隠したい人

Aさんは、何も犯罪をおかしているわけでもなく、社会に危害を加えていません。なので、社会的な制裁はありません。しかし、残念なことに、この人は、天界から心の是正を求められます。そのために、苦しい修行の道に入るのです。

※苦しい修行の道とは、この記事での「地獄」を意味し、向こう10年は今より幸せになれない状態(不幸)が続きます。

善いことをしているのに、天罰が下るというこの記事の内容は、どうも納得できない方もいると思います。しかし、それくらい天界は偽善に対して厳しいのです。なぜなら、人間を惑わすからでしょう。

惑わすというのは、他の人間を知らず知らずのうちに不幸に導く可能性があるためです。

「ボランティアしたい」と他人に話したら、自分の偽善に気付いてください。

「ボランティアしたい」と人にすでに話したことがある人は、自分が今思っている善意は偽善であることに気付いてください。そして、その偽善は、あなたを滅ぼします。

社会的に身を滅ぼすのではありません。スピリチュアル的に身を滅ぼすのです。(社会は偽善に悪い意味で寛容です。)

真実として、本当に「ボランティアしたい」と思ったら、絶対に人に言いません。なぜなら、AさんとBさんの例のように、「ボランティア」と名乗った瞬間に、人間に上下関係ができ、「施す側」と「施される側」に分かれるからです。

そもそも人間はみな平等なのに、「施す側」と「施される側」に分ける必要はないのです。

お腹の空いているホームレスを満たすのに、「施す側」と「施される側」に分けてから、満たす必要がないのです。

ただ「善いことがしたい」なら、「施す側」と「施される側」に分けずに施したいと思うはずです。それが、本当の意味で相手を満たす行為だからです。

この意味が分からずに、「ボランティアしたい」と他人に話す人は、社会的に尊敬されるかもしれませんが、スピリチュアル的には反対方向に向かいます。なので、この記事を通して警告します。

Daisuke
ミエナ
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