自分と他人を比較する代わりにやるべきこと

こんにちは、ミエナです。

今回は、「自分と他人を比較する代わりにやるべきこと」について書いていきます。

自分と他人を比較して沈む

自分と他人を比較し、勝手に劣等感を得て、沈むことないですか?街中でフェラーリに乗って、女子席に美人を乗せている男を見ると私はヘコみます。

逆に、カフェで自分のApple MacBookより、スペックが低いノートPCを使っている人に対してドヤ顔してしまいます。(ここは冗談ですが…)

さて、人間ていうのは、人と勝手に比較して、劣等感を得たり、逆に優越感を得たりしますよね。

これって何か意味があるのでしょうか?

正直に言って、意味がないのですよね。その理由は、

人間は、自分の死ぬ間際に「他人と自分を比較してきて良かった〜」とは絶対に思わない

からです。

むしろ逆に、自分が死ぬ間際になったら、他人と比較したことを悔いるはずです。「他人を気にせず、自分の想いのままに生きれば良かった」と。

比較は手段である

比較というのは、怖いものです。なんでも比較できてしまうからです。自分の劣等感なんて無限大に生み出せる。

菅義偉(すが よしひで)は、段ボール工場で若き日に働き、総理になった。俺も昔、段ボール工場で働いてたけど…今は…

例えば、総理大臣と自分を勝手に比較できてしまいます。

比較は、2つ以上あれば、全てのモノでできるわけで、手当たり次第に比較したら、人生を無駄にするくらいの時間つぶしができてしまうのです。

テレビCMも比較の宝庫

比較材料は山ほどあり、テレビCMも商品の比較でメリットを打ち出しています。

最新のiPhone12は、昨年のiPhone11よりも0.2mm薄くなりました。

iPhoneが薄くなり、嬉しい限りだが、「それって、自分の生きる目的と関係なくない?」と思うわけです。

比較というのは、まさに現代の病気とも言えますね。

比較を「生きる」ために使う

比較を「生きる」ために利用するには、どうしたら良いのでしょうか?それには、仮説を先に行うことです。

例えば、

自分は、容姿をもっと整えれば、もっと人生を豊かに生きられる。

ミエナ
この記事での「仮説」とは、「人生をより良く生きるための仮説」という意味で使っています。

このような仮説を立てた場合、自分の容姿と、他人の容姿を比べるわけですが、他人の良いところを真似ようとしますよ。そして、自分のお財布にあった改善方法だけ取り入るわけです。

私だったら、手越祐也さんがかっこいいから、自分の服装と比較してみよう等です。

比較しても、前に進む感じがしますよね。

これが、仮説なしに、手越祐也さんと自分を比較してしまうと地獄です。「年収4億!?」「顔もかっこいい」「性格も楽しい」となり、比較してしまった自分を恨みます(笑い)。

比較は、「仮説がある」と自分を改善させます。しかし、「仮説がない」ままに、比較すると不毛な心の浮き沈みを起こしてしまうのです。

【人生を無駄にしないために】他人と比較するときの3つの注意点

比較することは、「仮説あり」「仮説なし」で全く意味が異なります。

ですので、もし、人とすぐに比べてしまう人がいたならば、比較する前に下記を実行してみましょう。

▼他人と比較するときの3つの注意点

  1. 比較をする前に、どうすれば、自分がより良くなるかの仮説を立てる
  2. 仮説を立てずに、自分と他人を比較しない
  3. 自分と他人を比較してしまったら、それは「人生においてどんな意味があるか」を考える

上記を1つ1つ解説していきますね。

①どうすれば、自分がよりよくなるかの仮説を立てる

仮説なしに比較すると、人生を無駄にします。時間もエネルギーも奪われます。なので、人生をよりよく生きるためにも、まず、自己改善の仮説をたてましょう。

  • 今よりもっと健康的になるには、マラソンが良いかもしれない
  • 男性によりモテるにはダイエットしたら良いかもしれない。

当たり前の仮説ですが、仮説を前提に他者と自分を比較しても、人生の無駄遣いになりません。

②仮説を立てずに、自分と他人を比較しない

自分と他人の比較は、自分の改善のための仮説の立証のためです。自分と他人を比較することで、相手のマネできる良い部分だけを見ようとするでしょう。

反対に、仮説を立てずに、自分と他人を比較すれば、自分が上であれば無駄に高揚し、自分が下であれば無駄にヘコみます。

③自分と他人を比較してしまったら、それは「人生においてどんな意味があるか」を考える

人間は、無意識に他人と自分を比較してしまう生き物かもしれません。無意識に、他人との比較で生きていたら、きっと素晴らしい人生は歩めないでしょう。(←自分への戒めを込めて言っています。)

自分と他人を無意識に比較してしまったら、「その比較は、人生においてどんな意味があるか」を考えましょう。

大抵、意味などないのです。

通勤電車でロレックスをしている男性の腕に目が行ってしまいますが、自分のG-Shockと他人のロレックスを比較しても、その比較は、人生において意味を持たないのです。(泣き)

おまけ:比較は前提条件も考慮しましょう

「よりよく生きるには、もっとお金が必要である」という仮説を立てたときに、それを立証するため、自分と金持ちを比較するとしましょう。

しかしながら、比較する対象と大きく所得差があった場合、比較対象として、大きな過ちがあります。資産の違いにより、お金稼ぎの方法が大きく異なるからです。

仮説を立証する場合は、そもそもの自分と相手の前提条件が違いすぎると、比較の意味がありません。そこだけ注意が必要なのです。

Daisuke
ミエナ
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