こんにちは、ミエナです。
今回は、「神様が今、日本人に求めること」について書いていきます。
神様が今、日本人に求めること
「神様が今、日本人に求めること」って何なのか…それが気になって、神様に訊いてみました。
▼神様が今、日本人に求めること
自分の意見を持って、発言すること
チャネリングしたところ、上記の回答を得ました。
思いやりがあり、感情豊かな日本人
神様が日本人に求めるのは、先に書いたとおり「自分の意見を持って、発言すること」です。
日本人は、感情豊かな国民性を持ち、倫理観もしっかりしています。思いやりの気持ちも強いし、相手を労(いたわ)ります。
この辺りは、私も、500人以上の方と個人セッションして思うことで、本当にみなさん、素晴らしい人ばかりです。「世の中、こんなに素晴らしい人が多いのかぁ」と、私は、以前、考えを改めさせられました。
一方、テレビをつければ、犯罪のニュースばかり…でも、テレビの報道は、みなさんご存じのように、ごく少数の人の「一時の犯罪」に過ぎません。
参考記事:ニュース番組を観て波動を上げる方法
SNSがもたらした「言葉の軽さ」
さて、思いやりがあり、感情豊かな日本人に、なぜ神様は、「自分の意見を持って、発言すること」を求めるのでしょうか。
それは、SNSに問題があるようです。
SNSによりコミュニケーションが容易になり、自己発信も容易になったせいで、言葉の1つ1つが軽くなってしまったのですよね。
気を抜いて、相手のことを考えず、言葉を吐く人が増えてしまいました。
本来、言葉とは、吟味して、整理して話すものです。
それが、(会ったこともない)他人に対して、不用意に、何の目的も持たず、無責任に話す人が増えてきてしまったことに、神様は危機感を感じているようです。
言葉は、いつしか「重いものから軽いもの」へと変わってしまったのです。
SNSで増える「代弁者」
何か事件がニュース報道で流れると、実際の被害者でもない人が、加害者をネット上で追及する風潮があります。
彼らは、自分の意見を語っているかのように見えて、それは、単なる「被害者の代弁者」であり、事件に対して、中立に意見を述べているわけではありません。
SNS上の代弁者は、事件の被害者と同調(感情移入)し、その心情を述べています。でも、それは、「自分のこととして、事件を考え、または捉えている」のではなく、被害者に取り憑いた亡霊のように、「被害者の声」を「自分の声」として発信しているだけなのです。
自分の立場を理解し、中立に発言することで、言葉は重くなる
「自分の意見を持って、発言すること」は、簡単ではありません。
「自分の意見を持って、発言すること」は以下が求められるからです。
- 「自分は何者であるのか」を、まずは、自分が理解すること
- 立場を表明すること
- 中立に話すこと
- 正確に話すこと
- 自分が語った後の影響を考えること
上記の要素が、SNSの中でも特にTwitterでは、出来ている人は多くないように思います。
ちなみに、自分の立ち位置を理解し、正確に言葉を発することは、SNSの品の向上に繋がるとともに、その人自身を魅力的にします。
「言葉の重み」が求められる時代
2022年4月19日、吉野屋の常務取締役企画本部長が、不適切発言して問題になりましたが、「影響力が強い人だから、不適切発言が問題になる」と、捉えると時代を見誤ってしまいます。
これからは、「影響力の高い・低いの自覚」に関わらず、「言葉の重み」が日本全体で求められていく時代です。
昭和は、テレビや新聞が世論を作っていきました。
平成は、インターネットの登場で世論が薄まり、個々人が増大する情報を元に、考えをさらにブラッシュアップする時代になりました。
令和は、個々人が「言葉の軽さ」の病から解放され、「自分の意見を持って、発言する」時代だと思います。
ですので、私たちは、今一度、「言葉の重さ」について考えていく必要があるのかも知れません。
最後に
今回は、「神様が今、日本人に求めること」をテーマに記事を書いてきたのですが、私は、最初は、このテーマで記事を書こうと思ってなかったのですよね。
パソコンを立ち上げたら、急に、このテーマが降ってきて、今、この記事を書いています。もしかしたら、「神様が、この記事の内容を、あなたに伝えたかった」のかも知れませんね…真相は不明ですが…
コメントをもらえると嬉しいです(´∇`)