こんにちは、ミエナです。
今回は、「孤独」をテーマに書いていきます。
孤独とスピリチュアル
Q.いきなり、質問ですが…あなたは、「さみしがり屋」ですか?
いきなり、ドキッとする質問をしてしまい、すみません…
私の中で、この質問が、結構、重要だと思っています。みなさんは、心の中でどう答えましたか?
この質問に対して…
「はい。私は、さみしがり屋です」と答えた人は、きっと、さみしがり屋ではないのですよ。
反対に…
「いいえ。私は、独りでも大丈夫なタイプです」と答えた人は、逆に、さみしがり屋であると思います。
なぜ、このように考えるかというと、人は、みな、心の中で平等に孤独を抱えていると思うからです。孤独とは、周りに家族や友達が大勢いても、それに関わらず、湧き起こる「人間の中の普遍的な感情」かもしれません。
この「孤独」に対して、その大小は、「如何に、自分が、孤独に向き合えているかどうか」で決まると思うのです。なので…
「さみしがり屋」と自分を認めることができる人は、「孤独感と向き合えている人」であり、そして、「自分の弱さを知り、孤独を包み込んでいる人」と言えます。
ですので、「さみしがり屋ではない」と判断できるのです。
人間は皆 死ぬときはひとり…
映画『リアリティ・バイツ』のワンシーンで、20代フリーターの主人公が、恋敵に対して「人間は皆 死ぬときはひとりさ」と言う場面があります。
人間は皆 死ぬときはひとり…
確かにそうですよね。でも、このことを頭の中で理解しても、この「孤独感」を、心底で割り切れる人はいません。
このあと主人公は、「人間は皆 死ぬときはひとりさ」と言いながらも、去っていった恋人を探そうとします…
主人公は、硬派を貫けばいいのですが、自分の弱さと向き合い、恋人を求めていく…
この映画から…
「人間は皆 死ぬときはひとり」という言葉が、真実であっても、人は誰かを求め続ける。
こんなことを教えてくれてくれます。
「孤独という感情」と、どう接するのかで人生は大きく変わる
先ほどの映画の例もありますが…
そもそも、人って孤独なんです。
人間は皆 死ぬときはひとり…これが真実である限りは…
だから、誰しも必ず孤独を抱えています。だから、「孤独感」は恥ずかしいことではないし、さげすむ感情でもないのです。
さて、誰しも抱える孤独だからこそ、その孤独と「どう付き合っていくのか」が、人生のキーポイントとなります。
孤独を「ごまかす」のか…「逃げる」のか…「忘れる」のか…それとも「きちんと向き合う」のか…
孤独を消せるのは唯一、自分
人の心の中には、それぞれ「光」があって、その光が孤独をやわらげてくれます。
この「自分の中の光」に気づけた人だけが、孤独に正直に向き合うことができる…
つまり…
孤独とは、人の中に紛れ、解消するものではなく、自分の中で、やわらげることができるのです。
しかしながら反対に、この「光」に気付かない場合、孤独と向き合うことができず、心に歪みを抱えます。
▼孤独感との付き合い方のいろいろ
- 孤独を「ごまかす」・・・より頑固な性格になる
- 孤独から「逃げる」・・・周りの人に流される / 好きでもない人と付き合ってしまう
- 孤独を「忘れる」・・・酒やギャンブルなどに溺れる(依存症となる)
- 孤独と「向き合う」・・・自分の弱さを知り、人を思いやる性格になる
上記で正解は、孤独と「孤独と向き合う」だけです。人は、「孤独」を受け入れ、向き合うことで、さらなる幸せを得るようにできています。
最後に
この世に、「孤独」に対して、たった1つの真実があるのなら…
孤独感からは、生きているうちは、逃れられない
だから、(一番、最初の質問で、いいえと答えた人は、)まずは、自分が「さみしがり屋」であることを受け入れ、そして、その「さみしがり屋の自分」を自分の心の中で抱きしめてみることが重要だと思っています。
これが、「孤独感と向き合う」ことの第一歩だと思うからです。そして…
人は、孤独感と向き合うことで、自分の弱さを知り、「自分の中にある光」により、孤独をやわらげることができる
上記を知ること「孤独をやわらげる」ために、社会に迎合する必要はないことを感じるでしょう。孤独を消せるのは唯一、自分なのですから。
コメントをもらえると嬉しいです(´∇`)