なぜ、あなたは恨まれるのか?【時間が解決しない恨みの理由】

こんにちは、ミエナです。

今回は、「なぜ、あなたは恨まれるのか?」について書いていきます。

この問題は、原因の種類がありすぎて書き切れないのですが、問題の根本に迫って解説していきます。

なぜ、あなたは恨まれるのか?

「恨まれたことありますか?」

私はないですね。(自分で気付いていないだけかもしれませんが…)

しかしながら、長年、恨まれ続けている人もいると思います。なぜ、恨まれ続けるのでしょうか?それは、今もなお、あなたにより、その人は苦しんでいるから、恨み続けるのです。

何年も前に解決した事象でも、未だに思い出しては苦しむ。だから、相手は、あなたを恨むのです。そう、恨む方もつらい。恨まれる方もつらいのです。

なぜ、未だに恨む。時間が解決しない理由

自分が相手の大切にしていた思い出のモノを壊したとき、そりゃあ、恨まれます。例えば、私が誤って、友人のお父さんの形見のオルゴールを壊したら、本当に何年も根に持たれます。

でも、これって時間が解決するんです。

5年くらい経てば、きっと許してくれます。

しかし、もし仮に、私が別の友人に「100万円あげるから、あの人の大切しているオルゴールを壊せ」と命じられ、それに従い犯行を行ったら、永遠に壊された方は私を許さないでしょう。

他人の指示、やむを得ない事情が発端だと、恨まれ続ける

私が誤って形見のオルゴールを壊したら、友人は私を恨めば良いのです。単純です。恨みやすいのです。

恨みやすいということは、すぐに、心の中の恨みが外に出やすいのです。

しかし、私が他人に指示された犯行に及んだ場合、友人は誰を恨んでいいのか分かりません。

恨むべきは犯行を指示した人?金銭を授受して犯行をした私?

そう、

恨む期間が長くなる場合、そもそも、事件の複雑化が原因です。

時間が解決しない恨みの例

他人に悪影響を及ぼす行為が、他人の指示、やむを得ない事情が発端だと、恨まれ続けます。

恨まれ続ける例(時間が解決しない可能性があるケース)

  • やむにやまれず、社員をリストラする(肩たたき + 経営悪化)
  • 元々は親友だったのに、上司の派閥が異なり、親友を出世街道から蹴落とす役目となった(親友という関係 + 派閥)
  • 貧乏だったので、盗みに入った(貧乏 + 犯罪)
  • 友人女性の彼氏を寝取った(寝取る自分 + 浮気する友人の彼氏)

一応、反対に恨まれ続けない例も挙げます。

恨まれ続けない例(時間が解決するケース)

  • 勤務態度が悪く、クビになった
  • 相手の表情や態度が気に食わず、ケンカを吹っかけた
  • 魔が差して、払うお金があるのに商品を盗んだ
  • 旦那のスーツから香水の臭いがして、浮気を問いただした

恨まれ続けない例は、事件性があるものもありますが、原因が単純なので、時間の長短はあれど、時間が解決します。

恨むが長期化するのは、相手が許しにくいから

「許す」のって難しいのです。恨む本人が、「許したい」と思って許せるものではないのです。

「許す」には、波動も上げる必要もあるし、精神的に達観する必要もあります。なので、恨む方も恨みたくて恨んでなくて、どうせなら忘れたいのです。

どうすれば、恨みのループはなくなるのか?

これは、まさに永遠の課題ですね。これがなくなれば、戦争や紛争もなくなるでしょう。でも、ヒントはあります。

MCバトルに学ぶ

△エミネムの半自伝的映画『8mile』のワンシーン

ヒントの1つは、MCバトルの起源にあります。

MCバトルをご存じですか?

ビートに乗せて、言葉の韻を踏む、あのHIPHOPの文化の1つです。HIPHOPは、そもそも1970年代初頭に、ニューヨークのサウス・ブロンクス地区で生まれます。

当時のサウス・ブロンクス地区は、黒人同士のいざこざが絶えず、殺し合いが続いてました。自分の仲間や家族が殺されると復讐して、また殺す。それがずっとループしていたのですね。

それに終止符を打つために、70年代後半にMCバトルが生まれたと言われます。

MCバトルとは、お互いに順番を決めて、相手の悪口(パンチライン)を言い合うのです。より、ビートに乗せ、相手の嫌がることを韻を踏んで言った方が評価が高く、判定は観客の歓声の大きかった方が勝利となります。

このMCバトルにより、血を血で洗うような恨みのループは大きく解消されたと言われます。

つまり、公の場で「恨みに思うこと」を言うことで、恨む相手は「許す」方向に一歩近づけるわけです。

なので、自分が恨まれていた場合、相手に自分への気持ちを公の場で言わせることができれば、解決に向かうかもしれません。

今現在、人を恨んでいる人は、聖書を読むのが良い

私はキリスト教の信者ではないのですが、キリストにおいては「許す」という視点で勉強するのも良いと思います。

キリストについて、私は、とやかくいえる人間ではないのですが、キリスト自身を処刑したローマ人をキリストは恨むことなく、その状況を”状況とする”。つまり、誤解を恐れずシンプルに言うと、その状況をそのまま受け入れた人だからです。

さらに聖書は文字にされています。文字にされていることが1つ重要で、文字にされた崇高な言葉は、恨みのような”流れる濁流”の中でも、その感情に流されず、心に「許す」ヒントを刻むはずです。

終わり

Daisuke
ミエナ
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