こんにちは、ミエナです。
今回は、「人を恨む気持ちを消す方法」について書いていきます。
人を恨む心を手放す方法
Q.みなさんは、人を恨んだことはありますか?
例えば、お金を貸していた友人と、連絡も取れなくなって、行方をくらまされた…嫌いな上司が自分の出世を妨害する…事件に巻き込まれ、人生を台無しにされた…等々です。
他者の過失により、自分の未来を台無しにされたとき、人は、意識的にも、または無意識にも、相手を恨んでしまうかもしれません。
「恨んでも、何も解決しない」ことを自分では、十分に承知していたとしても、相手が許せない…こんな経験は、誰しもお持ちかも知れませんね。
人を恨めば恨むほどに、自分が嫌いになる
「他者を恨んでいる人」は、心に暗い影があります。どんなに、心優しい人でも人を恨むことはあり、そして、心優しい人ほど、心の奥で、密やかに恨みが青く燃えるのです。
普段、表向きでは、「恨んでも無駄である」とか、「私も悪い部分があった」と意識していても、簡単に消えないが恨みです。
心の奥の恨みは、ときに、相手に襲いかかる生き霊となり、相手を呪い苦しめます。そして、恨みにより、自分の心にも、深いダメージを負うのです。
人は、自分がたとえ被害者であっても、「恨む」ことで、運気は下がり、不幸に導かれます…
相手が、100%悪くても、人を恨むと自分が不幸になる
「加害者が100%悪い」と言えるような出来事でも、人を恨む気持ちにより損をするのは、自分です。
それは…
天界から見れば、加害者の悪質な行為において、スピリチュアル的には、「許すべき事案である」と判断されることが多いからです。
理不尽に感じるかも知れませんが、全ての出来事は、因果により引き起こされ、現実に起きた出来事の善悪は、目に見える世界だけの話ではないからです。
本当に恨むべき相手は誰なのか?
自分の人生が、他人によって台無しにされた場合、誰もが、その人を恨むことでしょう。でも、スピリチュアルの視点に立ち返ると、そうとも言えない事実が見えてきます。
例
あなたが、恨んでいる相手は、「本当に恨むべき相手」なのでしょうか?実は、スピリチュアル的には、「非常に判断が難しい」のです。
ここで、例を挙げます。
借金を背負い、子どもを満足に育てられない父親がいたとします。その子どもは、「友達の親」と「自分の親」を比較し、自分の境遇から父親を恨んでしまう…
端から見れば、子どもが父親を憎む気持ちは理解できます。しかしながら、その子どもの前世を見たら、多くの人の意見は変わってくるでしょう。
その子どもの前世は、金の亡者で、今世は、「お金の価値観を正常に戻す」という神様からの宿題を与えられているかも知れません。
貧しい想いをすることで、この子どもは、「お金の大事さ」を学ぶのです。このように、前世を含めて考えると、「本当に父親を恨むべきなのか?」と疑問に感じますよね。
参考記事:神様からの宿題
あなたの心を磨くために現れる「あなたを苦労させる人」
人は、苦労をして人生を歩んだ結果、魂が磨かれ、より幸せに向かいます。この苦しい人生の過程では、必ず「あなたを苦労させる人」が登場します。
▼あなたを苦労させる人の例
- 躾(しつけ)が厳しいご両親
- 出世を邪魔する上司
- 足を引っ張る部下
- 意地悪な姑
- 迷惑な隣近所の人たち…等など
上記の人たちは、あなたを苦しめ、そして、幸せを妨害するかもしれません。
しかし、一方で…
「あなたを苦労させる人」は、あなたの魂の成長に欠かせない人かもしれないのです。
天界は、あなたに対し、運命的にこのように人に出会わせる可能性があります。それは、あなたの不幸を斡旋しているのではなく、「魂レベル」で成長して欲しいからです。
ですので、目の前に現れた「あなたを苦労させる人」を、「目に見える世界」の話だけで善悪を判断し、恨んではいけない…
それは、あなたの魂の成長を導くための「神様からの宿題」である可能性があるためです。